今回紹介する裁判例(東京地裁令和6年10月10日 事件番号:令4(ワ)8300号)は機密保持義務における「機密情報」の解釈に関するものです。
本事件は原告の運営するサービスに関する販売代理店契約(本件契約)を締結した被告会社に対し、被告会社が販売代理店として取得した同サービスに係る営業上の機密事項や営業手法を利用し、これと類似する事業を行ったとのように原告が主張した事件です。
まず、本件契約における機密保持義務は以下であり、その内容は一般的な内容であると考えられます。
キ 機密保持(15 条)(ア) 被告会社及び原告は、本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の技術上、営業上その他の業務上の情報を機密として扱うものとし、当該相手方の事前の書面による承諾なく、これらの情報を本契約の目的以外に使用し、又は第三者に開示してはならない。(1 項)(イ) 前項により課された機密保持義務は、以下の情報については適用されないものとする。(2 項)・相手方による開示又は提供以前に公知となっている情報(1 号)・相手方による開示又は提供の時点において既に自己が所有していた情報(2 号)・相手方による開示又は提供の後に、自己の契約違反、不作為、懈怠又は過失等によらずに公知となった情報(3 号)・相手方から開示又は提供されたいかなる情報にもよらずに独自に開発した情報(4 号)・何らの機密保持義務を負担することなく第三者から合法的に取得又は開示された情報(5 号)(ウ) いずれの当事者も、本件において機密とされた情報について複製を作成しようとする場合には、相手方の事前の承諾を得るものとする。(3 項)(エ) 本条による機密保持義務は、本契約終了後も存続するものとする。(6 項)
そして、原告は以下のようにして、被告会社に開示した情報(本件提案書及び本件報告書サンプル)が機密保持義務の対象であること、及び被告会社による機密保持義務違反を主張しています。
ア 被告会社は、本件契約により、原告の業務上の情報につき、同条 2 項各号の適用除外事由に当たらない限り機密として扱うべき義務を負い、原告の承諾なく、本件契約の目的外使用ないし複製をすることは禁止されている(15条1項、3項)。本件提案書及び本件報告書サンプルは、各データのファイル名に「【confidential】」と記載され、かつ、パスワードが付されていたほか、本件提案書の各ページにも同旨の記載がされ、販売代理店に限って提供されていたものであるから、いずれも本件契約15条の機密保持義務の対象となる。にもかかわらず、被告会社は、別紙類似性・情報使用一覧記載のとおり、原告に無断で本件提案書の記載内容を使用ないし複製してレキシル事業の提案書(以下「レキシル提案書」という。)を作成すると共に、本件報告書サンプルを使って、レキシル事業の報告書のフォームを作成した。したがって、被告会社は、本件契約に基づく機密保持義務に違反する。イ 本件契約 15 条は、法律上保護される情報よりも広く本件事業に関する情報を保護対象とするものであるから、同条の「機密」は不競法2 条 6 項の「営業秘密」とは異なる。仮に両者が同じ内容のものであるしても、本件提案書及び本件報告書サンプルには上記記載のとおりの措置が施されており、「営業秘密」の要件である秘密管理性、有用性及び非公知性のいずれをも充たす。
これに対して被告会社は以下のように主張しています。
本件契約の機密保持義務の対象は、原告の営業情報漏洩防止目的のために合理的に必要な範囲に限られるというべきであり、不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定される。しかし、本件提案書に記載された内容は競合他社も用いる一般的なものであり、原告固有の情報はなく、機密保持を課すことが合理的に必要なものとはいえず、秘密管理性も認められない。したがって、本件提案書及び本件報告書サンプルの記載内容はいずれも本件契約15 条の機密事項に当たらず、本件契約 15 条違反は成立しない。また、レキシル事業の営業用資料の中には、本件事業の説明文言やその成果物であるレポートの報告項目に類似する部分はあるものの、サービスの概要を説明するための形式的なものであるし、レポートの記載内容も、利用者が一般的に求める情報が記載されているのみで、原告独自の事項は含まれないから、本件事業のノウハウを流用したとはいえない。また、レキシルレポートのひな形は被告会社が採用フィルター事業の報告書を参考にグラフを追加したものであるが、情報収集・分析をするのは企業情報センターであり、被告会社による機密保持義務違反はない。
被告会社は、「本件契約の機密保持義務の対象は、・・・不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定される。」とのように主張し、原告と争っています。なお、被告会社は上記のように「非公知性」については言及していません。本件提案書及び本件報告書サンプルに対する「非公知性」までも否定することは難しかったという被告会社の判断なのでしょうか。
上記のような原告と被告会社との主張に対して、裁判所は以下のように判断しています。
2 争点 1-2(被告会社の機密保持義務違反の成否)(1) 前提事実及び前記各認定事実によれば、被告会社は、本件契約に基づき、「本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の技術上、営業上その他の業務上の情報を機密として扱うものとし、当該相手方の事前の書面による承諾なく、これらの情報を本契約の目的以外に使用し…てはならない」という機密保持義務を負う。しかるに、被告会社は、上記のとおり、本件事業に関して原告から提供された資料に示された情報をもとにレキシル提案書その他レキシル事業に関する資料等を作成し、レキシル事業に使用したものと理解される。具体的には、本件提案書及び本件報告書サンプルは、いずれも本件事業の内容や、営業手法について記載されたものであり、機密事項であることがそのデータファイルのファイル名等に明記された上で、被告会社に対し、本件事業の販売代理店として営業活動を行う上で必要なものとして原告から提供されたものである。したがって、これらに記載された情報は、「本契約の履行ないし本サービスの遂行過程で取得された相手方の固有の…営業上その他の業務上の情報」すなわち「機密」(本件契約 15 条 1 項)に当たる。しかるに、被告会社は、本件契約締結の前後に原告から本件提案書その他の資料の提供を受ける一方で、原告との本件契約締結から約 2 か月後に企業情報センターと被告 OEM 契約を締結してレキシル事業を開始したところ、レキシル提案書には、本件提案書記載の「Web の専門手法と心理学的知見」という特徴的というべき文言を含め、別紙類似性・情報使用一覧記載の下線部部分のとおり、全く同一の文言を使用した説明箇所が複数存在する。こうした経緯やレキシル事業に関する資料等の記載を踏まえると、被告会社は、少なくとも、原告から取得した本件提案書等をレキシル提案書等の作成に当たって流用ないし参照したものとみるのが相当である。したがって、被告会社は、本件契約上「機密」とされる原告の固有の「営業上その他の業務上の情報」を「本契約の目的以外に使用し」たものといえ、原告に対する本件契約上の機密保持義務に違反したものと認められる。(2) これに対し、被告会社は、本件契約の機密保持義務の対象は原告の営業情報漏洩防止目的のために合理的に必要な範囲に限られ、不競法2 条 6 項の「営業秘密」と同様に、秘密管理性及び有用性のある情報に限定されるところ、資料中の類似する文言等はこれに当たらない旨など主張する。しかし、本件契約 15 条 1 項の文言上、機密保持義務の対象となる情報が「営業秘密」(不競法2 条 6 項)に限定されるものと解すべき理由は必ずしもない。その他被告会社が縷々指摘する事情を考慮しても、この点に関する被告会社の主張は採用できない。
このように、裁判所は「機密保持義務の対象となる情報が「営業秘密」(不競法2 条 6 項)に限定されるものと解すべき理由は必ずしもない。」としつつ、被告会社による機密保持義務違反を認めています。
そもそも原告は上記のように、機密保持義務の対象に対して秘密管理措置を行い、この対象は有用性及び非公知性も有していると主張しており、被告はこれに対する明確な反論は行えていません。そうすると、本事件において機密保持義務の対象が営業秘密であるか否かにかかわらず、本件契約 15 条 1 項に原告が被告会社に開示した情報は機密であるといえるでしょう。
一方で、このような機密保持義務の対象となる情報は営業秘密であるとする裁判所の判断もあります。このような事例では、取引先に開示した情報が営業秘密でいうところの非公知性を有しているか否かが判断され、非公知性を有していないとして機密保持義務の対象ではないと判断されています。
すなわち、機密保持義務の対象は営業秘密であるか否かが本質的な議論ではなく、当該機密保持義務の対象が既に公知となっているか否かが重要であると思えます。そして、わざわざ機密保持義務まで締結して開示された他社の情報は、非公知である蓋然性が高いと考えられるでしょう。従って、機密保持義務を締結して受け取った取引先の情報は、機密(秘密)であるとして扱い、目的外使用をしないことが重要かと思います。
なお、本事件において機密保持義務違反による損害については裁判所は以下のように、機密保持義務違反行為との間の相当因果関係を認めることはできない、と判断しています。
また、本件契約上、機密保持義務については契約終了後も存続する旨の規定が存するところ(15 条 6 項、21 条)、同条にはその存続期間に関する定めがないことなどに鑑みると、そもそもその効力につき疑義なしとしない。その点を措くとしても、本件契約終了後において、レキシル事業に係る被告会社の営業活動を通じた顧客獲得に起因して本件事業の顧客獲得機会を原告が喪失したことなど、原告に損害が発生したことをうかがわせる具体的な事情の存在は、証拠上認められない。すなわち、仮に原告に何らかの損害が発生していたとしても、それと被告会社の本件契約上の機密保持義務違反行為との間の相当因果関係を認めることはできない。
弁理士による営業秘密関連情報の発信